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能楽

のうがく(日本舞踊)


[能楽]
「能」を知らない成人は、まずいないだろう。と言い切ってしまいたいが、日常生活において実際に目に触れる機会は非常に少ない。一般的にはテレビなどのメディアを通じて触れるのが最初かと思われる昨今では、もしかして歌舞伎や日本舞踊と区別がつかない人がいるかも知れない。当サイトの日本舞踊というジャンルの中に、10項目以上の芸能を取り上げているので、各々覗いていただけたら違いは分かると思う。能とは何か、というズバリ回答は別の項で述べさせていただき、能の世界の中でも、舞踊の部分を抽出して話を進めたい。とは言っても土台になる部分に触れておかないと、後半の話がさっぱり分からなくなってしまうので、能楽の概要に触れてから本題に入ることにする。

日本の伝統芸能を代表する能楽(のうがく)は、鎌倉時代後期から室町時代初期の14世紀頃に成立した日本独自の舞台芸術で、能と狂言の2つを合わせて能楽と呼んでいる。国の重要無形文化財の指定を受け、歌舞伎と並び国際的にも高い知名度を誇り、2009年9月、第1回世界無形遺産への登録が事実上確定している。世界無形遺産とは、世界的に価値の高い無形文化財として保護・継承するためUNESCO(ユネスコ)が登録する予定の「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(リスト)」に掲載されているもので、リストに掲載された芸能は、「無形文化遺産保護条約」の枠の中に編入される仕組みである。ちなみに日本は文楽と歌舞伎がリストアップされており、順次登録される予定である。さて話は本筋に戻る。
「能」は、舞踏・劇・音楽・詩などの諸要素が交じり合ってできた、現存する世界最古の舞台芸術といわれる。幽玄(ゆうげん)という言葉で表現されるように優雅で典麗な美的情趣に溢れ、歴史・古典文学などを題材にして歌舞を中心に構成され、シテ(主役)が造形美に優れた能面を着けて演じる象徴劇である。時代・国などに左右されることのない不変の人間の本質・情念を描くことを主題とし、簡素な舞台上で、凝縮・省略された1つ1つの動きに多くの意味が込められ、夢幻能の幽玄の世界にその典型的表現が見られる。
「狂言」は笑いを基調とした対話劇で「笑いの芸術」ともいわれるものだが、狂言の項に任せるとして、本項では日本舞踊としての能楽、主に舞に掛かる部分に触れてゆきたい。その前に、その成立と歴史を追ってみたいが、源流である散楽から猿楽の能への発展の詳細は「猿楽」の項を参照していただくとして、現在に至るまでの概略を紹介することにする。

能の源流は奈良時代まで遡り、中国・唐の頃(618~907年)に盛んだった「散楽(さんがく)」という民間芸能が日本に伝来したことに始まる。物真似・曲芸・歌・踊・呪術・手品など多彩な散楽は、全国各地に分散し、多くは大きな寺社の保護を受け、祭礼の場、または各地巡業などで芸を広め、次第に滑稽な物真似主体の滑稽芸・寸劇となり、世相を捉えて風刺する笑いの台詞劇「猿楽」として発達し、後の「狂言」へと繋がってゆく。また農民の間で発展した踊りである「田楽」、密教的な「呪師猿楽」なども盛んになり、互いに交流・影響し合い融合する。猿楽衆は寺社公認の下「座」の体制を組み、当時流行していた「今様」「白拍子」などの歌舞的要素を取り入れ、物語的要素を持つ楽劇を作り上げてゆく。田楽・猿楽の諸座が勢力を競う中、大和猿楽四座(後の観世・金春・金剛・宝生座)が台頭・興隆し、能楽の大成者・観阿弥を生み出した。観阿弥は将軍・足利義満の庇護の下、先人の良い所を吸収し、近江猿楽の幽玄・田楽歌舞の風流・白拍子の曲舞(くせまい)などを取り入れ、猿楽の能を芸能として大きく発展させた。その子・世阿弥は、父の芸風を継承し「夢幻能」に発展させた人物であるが、後世に伝えるべく「風姿花伝」を初めとする多くの著述を残し、能楽理論をまとめ、芸道の整備・能曲の製作に生涯を捧げ、父・観阿弥の志した「幽玄美」を追求して歌舞主体の舞台芸術として洗練・完成させた。豪華絢爛な桃山文化の隆盛・豊臣秀吉の能愛好などを背景に、能舞台の豪壮な様式が確立、豪奢な装束、能面作者の名手の輩出による能面の型の完成など、芸能として確固たる地位を築いた。江戸時代には徳川幕府の式楽として定着して洗練・完成されたが、幕府・諸藩は能楽の保護者であると同時に、技芸の鍛錬・伝統の正確な継承を要求するなど厳しい監督官でもあった。気力・体力を消耗する重々しい芸質に変化してゆくとともに、三役(ワキ・囃子・狂言方)などの役割分担が細分化し、大夫中心の家元制度の下、自由な発展性が閉ざされた。しかし一般民衆の能への関心は高く、町人の間に謡本が普及したことで「謡」が全国的に広まることとなった。明治維新により幕府という保護者を失った能役者・振付師の多くは廃業転業を強いられ、断絶した流儀もあったが、日本国家の伝統芸術の必要性に対する政府の見直しや、皇室などの後援により能楽は再興し、現在に至る。

演能舞台の全体的な話は置いておくとして、演舞に必要な「舞台」に触れておくことにする。能の舞台は「本舞台」と呼ばれる京間3間四方(=約6m四方)の空間に、後方から正面に向け縦に、主として檜の板を敷き渡す。足拍子(舞台を踏む所作とその音)の響きを良くするため床下に共鳴腔が設けられ、滑りを良くするため米ぬかやおからで乾拭きして艶を出しており、舞台では必ず白足袋を履くことになっている。能専用の劇場である能楽堂を始めとして、野外能・薪能が行われる仮設舞台や、観衆が多く入る事ができ、天候に左右されない大きなホールや文化会館などでの「ホール能」も行われ、条件を満たせば能はどんな場所でも演じることができる。また大道具の類は無く、予め作り保管しておく「小道具」と、演能の度に作られ、極端に簡略化した骨組みのような家・牛車など、比較的大型の「作り物」とが用いられ、製作はシテ方(主人公)が担当する。シテの説明は以下に触れる。

本題の舞に入る前に、必要最低限の用語位は頭に留めておかねばならないので、演者側、シテなど役柄(職掌)に触れておくことにする。
能は、登場人物が極めて少なく、舞台装置も非常に簡略化されたものであるが故に、その一動作に様々な表現が凝縮され、重みがある。「演じる」ではなく「舞う」と表現されるように、能のシテ(主人公)の所作(動き)は全て特有の様式に基づいた、これも簡略化された型によるものである。顔の表情による喜怒哀楽などの心情表出を用いず(シテは大抵能面を着け、面の無い直面の場合でも無表情である)、感情の起伏は囃子・地謡・歌舞などで表現される。場面設定なども同様で、3間四方の空間で打合働(斬り合い)などの働事(はたらきごと)をこなすため、極力簡素な所作により表現される。登場人物が担う役柄(職掌)は次の通りである。
シテは、正に主となり能を舞う主人公のことで、実体は異界の者という設定が多いため面を着け、華やかである。三役ほか登場人物は、シテの演技に奉仕する側面を持つ芸術的構造があり、能はシテ方により主催され、三役は出演要請を受けるという興行慣習はこれに起源を持つ。シテ方側の登場人物には、ツレ・トモ・立衆・子方などがあり、ツレ以下が存在しない能もある。シテ方は地謡・後見・作り物の製作・幕上げ・装束の着付けなど多岐にわたる役割をこなし、地謡のリーダーである地頭(じがしら)・主後見(おもこうけん)と呼ばれる役は、シテと同格か、実力上位者が担当する。現行の流派は観世流・金春流(上掛)・宝生流・金剛流・喜多流(下掛)の5流である。
ワキはシテに対し、その主張を聞き、それを体現する舞を形而上的に受けとめる役割を持つため、必ず男性で、僧侶が非常に多い。大体、能の冒頭に登場して場面・情景を設定する役目を担い、必ず登場する不可欠の役ではあるが、直面(面を着けない)で派手さが無く、華やかな活躍や舞はほとんどない。現行の流派は高安流・福王流・宝生流の3流であるが、古くはシテ方・ワキ方の分類が無く、ワキが地謡のリーダーを勤めたため、ワキ方出身のシテ方なども多い。この他、囃子方・地謡・狂言方があり各々複数の流派がある。

シテによる舞が本項の主題であるので、舞のある所作を抽出して触れてゆくことにする。
能の見どころとしてよく挙げられるのが、謡い・舞い・囃しどころのまとまりを曲目と区別し「○○之段」と名付けられた「段物」である。舞台である以上、音曲も大事な要素なのだが、簡略化され研ぎ澄まされた舞台の空間に舞う美しいシテの姿は別世界であり、囃子だけで舞われる舞は、能曲のクライマックスを盛り上げる。舞の形式は色々あるので、以下に並べてみよう。
大別すると「舞事」と「働事」の2つになる。

舞事(まいごと)は、謡の入らない囃子だけの伴奏による舞踊的所作のうち、具体的意味を持たず抽象的な形式舞踊の総称のことで、音楽・所作に表意性を持たない純粋舞踊である。 序ノ舞から急ノ舞に至る「舞ノ類」は、旋律はほとんど同じで、急ノ舞に至るに従いテンポが速くなり、リズムが単純化する程度の違いしかない。「舞ノ類」以外のもの、神楽・羯鼓などは特有の旋律を持つ。

「序ノ舞」  女体や老体などのシテが舞う、気品がある、ゆったりと静かな舞のこと。以下の2種類がある。
「大小序ノ舞」  序ノ舞の1つで、大鼓・小鼓・笛だけで演じるもの。最も静かで気品がある舞で、女体の霊・白拍子などが舞う。
「太鼓序ノ舞」  序ノ舞の1つで、大鼓・小鼓・笛に太鼓が加わり演奏されるもの。女体や老体の精や神仙などのシテが舞う、気品がある、ゆったりと、ほのかに華やかな舞。
「真ノ序ノ舞」  序ノ舞(太鼓序ノ舞)をゆったりと重々しくした舞。荘厳な趣きを持ち、主に老神が舞う。「老松」など。
「中ノ舞」  多くの役柄に幅広く舞われる、中間的な速さの最も舞いやすい基本的な舞。以下の2種類がある。
「大小中ノ舞」  中ノ舞の1つで、大鼓・小鼓・笛だけで演じるもの。多くの役柄に幅広く舞われるが、主に現実の美女・しっとりとした狂女などが穏やかに舞う。
「太鼓中ノ舞」  中ノ舞の1つで、大鼓・小鼓・笛に太鼓が加わり演奏されるもの。多くの役柄に幅広く舞われるが、主に女体の神・精が軽やかに舞う。特に「天女ノ舞」は有名で、脇能物で後ツレの天女が浮やかに舞う優雅な舞のこと。「羽衣」「竹生島」など。
「早舞」  中ノ舞よりやや速いテンポの、楽しげで伸びやかな舞のこと。主として貴人や成仏した女性などが盤渉調(ばんしきちょう・高音)で舞うが、物凄まじき男体の霊などが黄鐘調(おうしきちょう・やや低音)で舞うものもある。「海人」「当麻」「融」「錦木」など。
「急ノ舞」  最も急テンポで激しい舞。主に荒ぶる神・鬼などが舞う。「道成寺」の急ノ舞は、更に早いので「急々ノ舞」と呼ばれる。
「男舞」  面を着けない、直面(ひためん)のシテが舞う颯爽とした舞で、速いテンポであるが重厚な舞。「現在物」(現在能)だけで用いられる。
「神舞」  若い男体の神がテンポも早く、颯爽と舞う舞。男神の威厳と霊験の確かなことを表現する。「高砂」「佐保山」など。
「神楽」  元来神を祭るための奏楽・場所を指すが、能では女体の神や、神がかりの巫女が幣を持って舞う優雅で雅やかな舞。前場は幣、後場は扇を持って舞うことが多く、笛は固有の旋律で、小鼓も「神楽地」という特有のリズムを刻む。「三輪」「巻絹」など。
「鞨鼓」  元来雅楽で用いる鼓。腰に付け、バチで打ちながら舞う舞で、「遊芸者」がこの楽器を演奏しながら舞う様を模したもの。リズム豊かな、軽やかな舞で、大小鼓と笛で行い、太鼓は入らない。「自然居士」「花月」など。
「楽」  異国の神や仙人、唐人などが舞う、のびやかな舞。雅楽を模したものとされる。やや静かで、エキゾチックな旋律・リズムで足拍子が多く、ノリのよい拍子が特徴。「太鼓樂」「大小樂」がある。
「獅子舞」  能「石橋」だけの豪快で雄壮華麗な舞のこと。文殊菩薩の遣いという霊獣・獅子が、牡丹に戯れ遊ぶ様を模し、連獅子で舞う。

働事(はたらきごと)は働(はたらき)とも呼ばれ、「舞事」が抽象的な形式舞踊であるのに対し、働事は謡を伴わず、囃子だけの演奏で、表意的・具象的意味を持たせた舞踊的所作の総称である。
「祈り」  ワキ方の山伏・僧が悪霊・鬼などを相手に争い、法力で祈り伏せるまでの闘争、いわゆる祈祷と抵抗の一進一退が表現される。「道成寺」「葵上」など。
「カケリ」  修羅道の苦しみや物狂い・不安などを表す所作。精神的な興奮状態、心の動揺や苦悩を表現する。
「イロエ」  囃子に合わせて舞台を一巡する舞踏的な所作だが、立廻リと明確な区別がない。
「立廻リ」  拍子に合わせ静かに舞台を回る所作のこと。主に男性が、何(者)かを探し求める雰囲気を出す。定義が曖昧なので「イロエ」と明確な区別がない。
「舞働」  謡を伴わない囃子だけの伴奏による舞踊的所作のうち、ある程度具体的意味を持つ形式舞踊の総称。主に龍神・天狗・鬼畜などの威勢を誇示し、猛々しく演ずる豪壮活発な所作を指す。
「斬組働」  天狗・鬼などが武士を相手に闘争するもので、特にシテとツレ・ワキが一対一で闘争する場面が多い。舞働より更に早くなる。「舎利」「龍虎」など。

以上、主な舞を並べてみたが、随分沢山あるし、特定の曲に特有のものも多い。能がそれだけ多くの人の手によって創られ、培われてきた痕跡とも思える。舞とともに舞台を彩るものとして音楽・装束(能では装束という語を用いる)・装置などまだまだ色々挙げられるのだが、舞に関わる部分だけに留め、残りは別の機会に別の項で触れることにする。
話は戻り、舞台上のシテの姿で重要なのが、装束と能面である。巫女装束などのように舞に合わせて裾がヒラヒラなびく様なものではなく、舞台空間にしっくり馴染む格式のあるものであり、また能面は現在200種類以上あるというが、シテの顔のみならず全体を表出する不思議な趣を持つものである。いずれが欠けても能が成立しないように思うが、略式として装束・能面無しで演じられる形式もある。以下、各々の概略を述べる。

能装束(のうしょうぞく)は、室町から桃山時代にかけ、染色・織物技術が発達し、舞台装束として美術品レベルのものが用いられ、武家の式楽となった江戸時代に形式が定まり完成した。装束は消耗品ではあるが、修繕・虫干しなどで大事に扱うため、舞台用の古いものでは江戸時代中期頃のもの、国宝レベルの貴重品というものもあるほどだ。演目毎に種類が決まっているものの、色合いや柄等は、表現したい曲・役柄の雰囲気に合わせシテ方が決めることになっている。一般的に能装束というと絢爛豪華なシテの装束のイメージが強いが、ワキ方や老婆役などの使用する地味目のものもある。現在、装束もかなり様式化され、色の面では、白は高貴なもの、紅は若い女性を表わすとされる。
次に能面だが、面(おもて)と呼ばれ、一曲の演出を全て左右すると言われるほど重要で、能の命とも言えるもので、とても大切に扱われる。鏡の間(楽屋と舞台の間にあり、役者が装束・精神を整える場)で面を着ける時、面に向かって一礼する慣習がある。喜怒哀楽全ての心情表現を所作で表わすため、面の角度(ウケ)が演技に大きく作用するという。
猿楽の能が大成する以前から、面(おもて)は名工達により数多く作られ、江戸時代には能面師も世襲制となり、先人の優れた作品を模倣することが盛んになった。特定の能曲でしか見られない面や狂言専用の面などもあり、各々名が付けられている。

総論
長い歴史を持つ能楽の、日本舞踊に係る部分について述べてきたが、この世界が完成された芸術美を持つだけに、完全女人禁制で守られ、継承されてきた不健全さというか、不自然さはどう解釈すべきであろう。筆者は、1948年に女性の能楽協会への加入が認められ、2004年に日本能楽会への加入が認められ…という記事を読み、大いに喜ばしいことだと拍手したいのだが、反面、日本の代表的な芸能として大成した能楽の下地として、今まで女性が全く必要なかったのだろうか?という方に関心が向いてしまう。芸能・興行として洗練・発展する過程において、どうあれ邪魔になっていたのは確かであろう。時代背景が大きく変わり、女性がこの芸能に携わることができる世になったということになるが、手放しで喜べない負の要素が垣間見える気がする。既存の芸能を守る状況にある能において、時代が変化した中で芸能を正確に継承する難しさを考えさせられる。



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